1999年 スイス ドイツの旅 1
1999年9月1日~9月24日 AUSTRIA,Wien→Salzburg→Innsbruck→SWITZERLAND,Zurich→Berner Oberland(Interlaken→
 Grindelwald)→Zermatt→FRANCE,Chamonix→SWITZERLAND,Geneve→Basel→GERMANY,Frankfurt
→Mainz→Bonn→Heidelberg→Rothenburg→Augsburg→Fussen→Munchen→AUSTRIA,Salzburg→
Wien→JAPAN
 知り合いの江川氏の紹介で、ウィーン郊外での展示となった。ウィーン観光の後、スイスと旧西ドイツを回った。
 
 
   9月8日 (水) オーストリアのインスブルックで1泊し、8時39分発、
 今日も6人掛けのコンパートメントを占領。いい天気。
 国境のフェルトキルヒを過ぎ、リヒテンシュタイン侯国を
 通り、ザルガンスはもうスイスだ。チューリヒ湖を右に延々と走る。
 湖の北端がチューリヒ中央駅。12時27分着。ジュネーブ行きに乗り換える。
 7分しかなかったが、何とか乗れた。ベルンまで1時間10分。ベルンに着いて
 駅構内の店で昼食。
 ここから約50分でインタラーケン オストへ。
 トウーン湖に沿って列車は走る。白い山並みはベルナーオーバーラント三山
 (アイガー、メンヒ、ユングフラウ)。トウーン湖とプリエンツ湖の
 中間地点にインタラーケンはあり、ウエスト、オストの順で停まる。
 3時過ぎに到着。ここでクリームとこげ茶の山岳鉄道に乗り換え、
 38分でグリンデルワルト着。四方山に囲まれた草地に白壁の家が点在する。
 ここはもう1034mの高地だ。
 駅を出た所にホテル一覧があり、特設された電話で予約する。その名もホテル
 
 アイガーブリック。部屋は1階だったが、雪を置いた巨大な岩山、アイガー3970mが目の前にあった。(中略)
 ホテルから10分ほどのところに、フィングステックへのロープウェイがあった。1391mの所にある展望台だが、
 グリンデルワルトの町が眼下にある。先ずはアルプスのビールで乾杯!と注文したのに、何故かコーヒーが来た。
 もう5時半を過ぎていたが、抜けるような青空だ。ハングライダーが2つ、黄色と赤が陽に光っている。
 カウベルがここまで響いていた。
 
 
 
   9月9日 (木) 道路を隔てた向かいがホテルアイガーブリックの朝食会場だ。
 大きなガラスいっぱいにアイガーがある。
 9時頃の登山鉄道WABに乗る。進行左手にアイガー北壁を眺める。
 シュレックホルンも顔を出す。クライネシャイデックで向かいの
 鉄道JBに乗り換える。しばらくしてアイガーの岩山をくり抜いた
 トンネルに入った。アイガーバントで一時停車。下車する。
 岩壁をくり抜いたガラス張りの窓から、今来たクライネシャイデックや
 グリンデルワルトが小さく見える。次の停車駅はアイスメーア、氷の海の
 名の通り、白一色のフィッシャー氷河だ。そこを出ると、電車はメンヒの
 ほぼ真下を貫いて走る。終点はユングフラウヨッホ駅3454m。
 
 メンヒ4099mとユングフラウ4158mの間の稜線部分をユングフラウヨッホと呼ぶのだが、少し歩くと氷の宮殿があった。
 照明されて明るいが、何しろ氷の上、緊張して歩く。氷の彫刻が並んでいる。熊、鷲、エスキモー、お相撲さんまである。
 確かに宮殿のように大きい。通路を進むと表のプラトー(展望テラス)に出た。富士山よりも高所なのに、少しも息苦しくない。
 スキーヤーで混み合っている。空はあくまでも青いが、冷気が押し寄せる。セーター、コート、ヤッケと着こんできたが、寒い。
 片やメンヒ、片やユングフラウをバックに写真を撮るのに、さっと行ったり来たりができない。気を引き締め引き締め歩く。
 再び建物に入って通路を戻り、反対方向に進む。エレベーターでパノラマ展望台へ。更に階段を上り最上階へ。
 ユングフラウヨッホ3571mと表示がある。展望台に出て、改めて周囲を見回す。ユングフラウの山頂は手前、真ん中、後ろ側と
 幾つもピークがあり、ここでしっかり本峰を確認する。一番左だ。ここからはメンヒは更に左方に見える。
 展望台は太い鉄骨で、下方が丸見え。ヨーロッパ最長というアレッチ氷河が足元まで来ている。氷河上には犬橇用の
 トラックがあり、人の姿がある。両側の雪渓にも隊列が見える。悠然とカラスが羽を広げている。
 わずか1時間半で、労せずしてこんな高所に立てるとは!(後略)
 
 
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